"2026年3月にCushman & Wakefield Vietnamが発表した報告書「Southern Vietnam Industrial Real Estate Market Enters a More Strategic Growth Phase」は、ベトナム南部の工業不動産市場が従来の単な..."

2026年3月にCushman & Wakefield Vietnamが発表した報告書「Southern Vietnam Industrial Real Estate Market Enters a More Strategic Growth Phase」は、ベトナム南部の工業不動産市場が従来の単なる拡大期を超え、より戦略的かつ質的成長の段階に入ったことを示している。これまでの量的な供給増加から、需要の多様化、高付加価値製造業の誘致、インフラ整備の高度化へと市場の焦点が大きく変化しているのが特徴だ。
まず、南部最大の工業団地集中地であるビンズオン省の稼働率は92%に達し、ベトナム全土でも最高水準を維持している。この稼働率は、同省が持つ地理的優位性、港湾アクセスの良さ、電力・インフラの整備度合いの高さが背景にある。ビンズオンはホーチミン市に隣接し、国内外の製造業者から物流面と人材確保の両面で極めて魅力的な場所とされている。さらに、2026年には約1,200ヘクタールの新規工業団地がこの地域に供給される予定であり、今後数年間の成長の中核を担う見込みだ。
ドンナイ省も稼働率88%と高水準を維持しつつ、新規供給量が増加している。ドンナイは比較的土地コストが抑えられていることから、中堅企業や一部の外資系製造業に人気がある。特に電子機器や家電部品関連の工場が進出しやすい環境が整いつつある。ロンアン省はベトナム南部の中でも新興の工業エリアとして注目されており、賃料は1平方メートル当たり年間120~140ドルと比較的低廉で、コスト競争力を求める企業にとって魅力的だ。バリア・ブンタウ省は港湾や重工業の需要増加が顕著で、高度な港湾物流施設と連携した産業集積が進んでいる。
これらの地域ごとの特徴を踏まえた主要省別の工業団地稼働率と賃料の比較は以下の通りである。
| 省名 | 稼働率 (%) | 賃料 (USD/m²/年) |
|---|---|---|
| ビンズオン | 92 | 160-180 |
| ドンナイ | 88 | 140-160 |
| ロンアン | 85 | 120-140 |
| バリア・ブンタウ | 80 | 150-170 |
このように、地域ごとに賃料水準や稼働率に差異が見られるが、全体として南部は高い需要に支えられ、供給拡大が続いている。
需要構造を分析すると、これまで南部の工業団地の主要テナントは繊維・衣料品関連が中心だったものの、近年は半導体や電子機器といったハイテク分野へのシフトが急速に進んでいる。特に韓国企業が最大のテナントグループとして市場を牽引している。韓国の大手製造業や電子部品メーカーは、低コストで安定した労働力を求めてベトナム南部に拠点を設けると同時に、サプライチェーンの多様化を図っているためだ。加えて、日本や中国、シンガポールからの外資系企業も多く進出し、製造業の高度化を促進している。
この傾向は、2025年9月にFTSE Russellがベトナムを新興市場に昇格させたことと連動している。外国人投資家の参入障壁が緩和されたことで、海外資本が製造業や関連不動産への投資を加速させている。世界銀行の最新レポートでも、ベトナムの資本市場はこれからの数年間で大幅な外国資本流入が見込まれ、工業不動産市場もこれに影響を受けると分析されている。こうした資本流入は、工業団地の開発やインフラ整備に必要な資金を増やし、市場の質的向上を後押ししている。
一方で、課題も浮き彫りになっている。まず、電力供給の安定性は依然として南部工業団地の大きな弱点である。特にピーク時の電力不足や停電リスクは、半導体や電子機器といった高精度製造業にとって致命的な問題となりうる。これに対し、政府は再生可能エネルギーの導入拡大やスマートグリッドの整備を推進しているものの、短期的な改善には時間を要する見込みだ。
また、熟練労働者の不足も深刻な問題だ。工業団地周辺の労働市場は大量の若年労働力を抱えるが、高度な技術や専門知識を必要とする産業へ対応できる人材はまだ限られている。これに関連して、離職率の高さや労働環境の改善も課題となっている。人材育成のための職業訓練や企業と教育機関の連携強化が求められる状況だ。
こうした状況について、不動産市場専門家のグエン・ティ・ハー氏は「ベトナム南部の工業不動産市場は量的成長から質的成長へと移行している。特にインフラの近代化と労働力のスキルアップが今後の成長を左右する。外資系企業のハイテク製造業誘致にはこれらの課題解決が不可欠だ」と指摘する。
また、経済アナリストのファム・クアン・トゥアン氏は「FTSE Russellの新興市場昇格以降、海外投資家の関心は一層高まっている。これに伴い、工業不動産の資産価値も上昇しているが、投資家は供給過剰リスクやインフラ課題に注意を払う必要がある」との見解を示している。
将来的な展望としては、まず2026年から2028年にかけて南部の主要省で約2,000ヘクタールの工業用地が新規に供給される予定であり、これが市場の成長エンジンとなるだろう。また、ベトナム政府は「国家産業発展計画2025-2030」に基づき、スマート工業団地の推進、物流インフラの強化、環境保護基準の厳格化を進めている。これにより、工業団地の機能が多様化し、環境負荷の低減と企業の国際競争力強化が期待される。
一方で、国際的な地政学リスクや米中貿易摩擦の激化がサプライチェーンに与える影響も注視する必要がある。ベトナムはサプライチェーン多様化の恩恵を受けているが、外部ショックに対する脆弱性も高まっているため、リスク管理能力の向上が重要だ。
日本企業や投資家にとっては、ベトナム南部の工業不動産市場は依然として有望な投資先である。特に高付加価値製造業への進出を目指す企業は、ビンズオンやドンナイなど成熟した工業団地を活用し、現地の労働力やサプライチェーンとの連携を強化することが求められる。また、環境規制や労働環境の変化にも対応可能な柔軟な経営戦略が必要だ。
日本の大手製造業の一つである田中機械工業の現地責任者は「ベトナム南部の工業団地はインフラ面での改善が進みつつあり、韓国や中国企業と競争する環境が整いつつある。我々も長期的な視点で設備投資と人材育成に注力している」と語っている。
まとめると、ベトナム南部の工業不動産市場は稼働率の高さと新規供給の増加を背景に、単なる拡大フェーズから戦略的な成長フェーズに移行している。外資系製造業の高度化や産業転換の波が押し寄せる中、電力インフラの安定化や労働力の質的向上といった課題解決が急務となっている。市場関係者はこれらの動きを踏まえ、長期的な成長戦略の構築を急ぐ必要があるだろう。これらを踏まえた投資判断と事業展開が、今後の成功の鍵を握ることは間違いない。



