"ハノイはベトナムの首都として、長年にわたり経済成長の中心地であり続けた。特に2000年代以降、急速な都市化と経済開放政策によって、中心部の主要商業通りは国内外の投資家や企業から熱い注目を集めてきた。タイハー通り、キムマー通り、フエ通りなどの一等地は、ブランドショップや飲食店、サービス業が軒を連ね、賃..."
ハノイ商業地の変遷と現在の状況
ハノイはベトナムの首都として、長年にわたり経済成長の中心地であり続けた。特に2000年代以降、急速な都市化と経済開放政策によって、中心部の主要商業通りは国内外の投資家や企業から熱い注目を集めてきた。タイハー通り、キムマー通り、フエ通りなどの一等地は、ブランドショップや飲食店、サービス業が軒を連ね、賃料は年々上昇傾向にあった。
しかし、2026年初頭の現時点で、これらのエリアにおけるテナントの退去が顕著になっている。特に、空き店舗の数が急増し、貸店舗や売物件の看板が30件以上掲げられている場所も珍しくない。これは単なる景気の一時的な後退ではなく、消費者行動の変化や都市政策の影響が絡み合った構造的な変化の兆候と言える。
賃料下落の実態と市場データ
不動産情報プラットフォームのBatdongsanによると、2025年の商業用不動産の賃料はピークに達したものの、2026年にかけて13%から37%の大幅な下落を記録している。例えば、キムマー通りの賃料はピーク時より37%減少し、空き店舗数は30件以上増加した。一方、タイハー通りでも25%の賃料下落のなかで15件の空き店舗が増え、フエ通りは比較的影響が小さく13%の賃料減少で空き店舗が10件増えた。
この賃料下落は、単に供給過剰が原因というより、需要自体が大きく変容していることを示している。Batdongsanの調査では、個人住宅への関心も年末比で22%減少しており、消費者の購買力や投資意欲の変化が商業用不動産市場全体に波及していることがわかる。
ハノイ主要商業通りの賃料変動率と空き店舗数
| 通り名 | 賃料変動率(2025ピーク比) | 空き店舗数の増加 |
|---|---|---|
| タイハー通り | -25% | +15件 |
| キムマー通り | -37% | +30件以上 |
| フエ通り | -13% | +10件 |

eコマースの台頭と消費者行動のシフト
このテナント離れの最大の背景には、eコマースの急速な普及がある。コロナパンデミック以降、オンラインショッピングはベトナムでも爆発的に成長し、特にファッションや日用品、食品の分野で消費者の購買行動は大きく変わった。これにより、従来の路面店舗に対するニーズが減少し、店舗運営の収益性が低下している。
さらに、ショッピングモールや大型商業施設がオンラインと連携した新たな顧客体験を提供しており、単なる物理店舗だけでは顧客の関心を引き続けることが難しくなっている。
都市政策・規制の影響
加えて、ハノイ市が推進する都市管理の強化策も、店舗運営環境に影響を与えている。歩道の規制強化や違法店舗の撤去、交通安全対策の徹底などにより、路面店舗の営業スペースが減少し、運営コストが増加したケースが散見される。このため、特に小規模なテナントにとっては、営業継続のハードルが高まっている。
CBRE VietnamのMai Vo氏は、「このテナント離れは単なる景気後退ではなく、都市環境の変化と市場構造のシフトを伴う長期的なトレンド」と分析し、賃料の高騰がテナントの採算性を圧迫してきた点を指摘する。
同様に、Cushman & Wakefield VietnamのHoang Nguyet Minh氏も、「賃料上昇に見合う顧客動員が難しくなったことが、業界がオンラインシフトに追随できなかった理由の一つ」と述べている。
業界別の影響と動向
ファッション業界
ファッション業界では、オンライン販売の伸びが顕著であり、特に若年層を中心にECプラットフォームを利用した購買が主流になっている。そのため、従来の路面店舗は単なる商品販売の場ではなく、顧客体験やブランド価値の発信拠点としての役割に変わりつつある。しかし、コスト面での負担が大きく、多くの小規模ブランドは店舗閉鎖や縮小を余儀なくされている。
F&Bセクター(飲食業界)
飲食業界でも、中心部の路面店舗からショッピングモール内への移転が進んでいる。ショッピングモールは集客力や衛生管理、利便性の面で優れているため、店舗側にとっても安定した売上確保が期待できる。一方で、路面店舗の減少は街のにぎわいや多様性に影響を与え、地域活性化の観点からも課題となっている。
日本企業・日本人投資家への示唆
ハノイの商業不動産市場の変化は、日本企業や日本人投資家にとっても重要な示唆を含んでいる。これまで多くの日本企業がハノイ中心部の一等地に店舗やオフィスを構え、ベトナム市場へのアクセスを図ってきたが、賃料高騰と消費者の購買行動の変化により、投資回収のリスクが上昇している。
日本企業にとっては、単に立地の良さだけで判断するのではなく、オンラインプラットフォームとの連携や新たなサービス展開を模索することが求められる。また、賃料の適正化や柔軟な契約条件を交渉することで、リスクヘッジを図ることが重要だ。
投資家としては、ハノイ中心部の路面店舗に固執せず、郊外の新興商業エリアや複合施設、物流施設などの成長分野への分散投資を検討することが有効だろう。さらに、ベトナムのデジタル経済やIT関連スタートアップへの投資も視野に入れるべきである。
将来展望と課題
ハノイ商業不動産市場は、今後数年で大きな変革期を迎えると予想される。オンラインとオフラインの融合(OMO:Online Merges with Offline)による新たな顧客体験の創出が鍵となる。具体的には、AR/VR技術を活用したバーチャル試着や店内体験、デジタル決済の普及、顧客データを活用したマーケティングの高度化などが進むだろう。
一方で、都市政策面では、歩道規制の柔軟化や公共交通インフラの改善、商業エリアのゾーニング見直しなどが求められる。これにより、店舗運営のハードルを下げ、商業地としての魅力を維持・向上させる必要がある。
また、賃料調整の支援策やテナント支援プログラムの導入も検討されており、地方自治体や業界団体が連携して市場の安定化を図る動きも見られる。
結びにかえて
ハノイの主要商業通りにおけるテナント離れは、単なる景気後退や一時的な需給バランスの乱れではなく、消費者の購買行動の変化、都市政策の影響、そして市場構造の根本的な転換を反映した現象である。賃料が大幅に下落しても空き店舗が埋まらない現状は、今後の商業不動産のあり方を再考する重要な契機となる。
日本企業や投資家は、この構造変化を踏まえた戦略的な対応が不可欠だ。単なる賃料の安さや立地の良さに依存するのではなく、デジタルシフトや新たなサービスモデルの導入、多角的な投資分散を視野に入れ、ハノイ市場の長期的な成長機会を捉えていくことが求められるだろう。



